下読みで号泣!〜できる音訳奉仕員への長〜い道のり

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4冊目の本を手にしてから、ようやく下読みを始めました。

それぞれのやり方があると思うのですが、
今のところの私のやり方は、
まず一度通して録音してみています。
(ファイル数の確認のため)

今回、この下読みの段階で号泣したんですよね…。


今まで録音図書として手にした本は
録音が終わるまでオープンにしないで来たんですが
今回はどうしても、今オープンにしたい!

号泣した理由をどうしても書いておきたいからで、
そして興味を持った方に、この本をぜひ読んでもらいたいから。

その本のタイトルは「大林宣彦」。

映画作家の大林監督の自叙伝エッセイです。

「のこす言葉」というシリーズの1冊らしく、
昨年の11月に出版されたもの。
私は今回、このシリーズの本を初めて知りました。

大林監督のことはもちろん知っていますが
監督作の映画は何本かを見たことがあるかな…?
という程度で、ファンというわけでもありません。

ですが、インタビュー好きとしては
こういうエッセイを読むのはとても楽しみです。
TVなどを通して見る「大林宣彦」よりも
ずっとずっと生身の感じがしますから。


さてさて一体全体、何に号泣したかというと。

昨日のエントリ「出会い直し」につながることが書いてあったんです。
しかも、私のルーツがある新潟に話がからんでいました。


大林監督が撮った映画「この空の花〜長岡花火物語」
新潟県長岡市の大花火を描いたものです。

この大花火は単なる花火大会ではなく、
終戦間際にあった長岡大空襲を
忘れず、なかったことにしないために、

そして未来へその遺訓を伝えるために
その日を選んで行われています。

私は長岡市民ではなかったので、
花火を見に行ったことはあっても、
その由来などは昨年まで全く知りませんでした。
たまたま昨年の夏に、花火のテレビ中継で
そのことを知ったくらいでした。

私の生まれた新潟市も
原爆の投下予定地だったと聞いています。

その前哨として
模擬原爆が落とされたのが長岡市だったのだそう。

何ということか…。

これらの一連のことがぐわっと迫ってきて
本の後半は号泣しながら録音していました。
(録音は自分の確認用なので泣いていても平気)

とくに、大林監督のこの言葉が胸に響きました。

それがぼくの人の生死を見る目なんです。あくまでも生と死は主観なんです。今、ここに両親がいると思えば、います。死んだなぁと思えば、死んでいる。後ろを振り返れば、いないけど、後ろの気配を感じれば、いるんです。父親も母親もそういう存在としてぼくの中にずっといつづけています。

「大林宣彦 戦争などいらない〜未来を紡ぐ映画を」平凡社 99p

この言葉と、長岡花火の映画の内容が
まさにオルテガの「死者と生きていく」
そして中島さんが表現していた「死者との出会い直し」
を形に表したものだと感じています。


先日書いた、糸井重里さんと芦田愛菜さんの
トークのエントリも大林監督の言葉
につながります。


本の内容が悲しくて泣いたというよりは
ここ1〜2年で読んだ本や最近知ったことの諸々が
ここに来てことごとくパズルのピースがはまるように
私が感じていることにつながっていって
感極まったというか。

…何なんだろう。

こういうタイミングでこの本を録音できるというのは
とても不思議だけど、
このタイミングだから出会ったのかなぁとも思います。

大切に読んで、伝えたいと思います。




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