こんにちは
いつの頃からか、人生の楽しみはパズルと同じようだなぁと
思うようになりました。
下手の横好きではあるのですが、
子供の頃からクロスワードパズルや間違い探しを見つけると、
ついついやってしまいます。
高校生くらいの時には「数独」にはまりました。
当時は数独という名前が略称で、
正式名称は「数字は独身に限る」でしたね。
このパズルを載せているパズル専門誌「ニコリ」は
今でも購読しています。
Webサイトもあるんですよ
一時期は懸賞付きのパズル雑誌もいくつか買いましたが、
なんだかすっきりしないのです。
それで買うのはやめてしまいました。
私が懸賞付パズル雑誌を買わなくなった理由
このすっきりしない感じには理由がありました。
主に2つ。
1つは、クロスワードなどの言葉のパズルの
設問テイストに馴染めなかったこと。
これ、実は「ニコリ」のテイストに慣れ過ぎていたんです。
ダジャレの効いたひねりのある設問じゃないと
ピンと来なくなってしまいました。
そのせいなのか、「ニコリ」が提供しているパズルは、
どんな新聞や雑誌に載っていてもすぐ分かります。
そしてもう1つ。
商品が欲しくてパズルを解いているわけではないということ。
単純にパズルが解ければいいんです。
「おお~!出来た(^^)」
こんな感じで満足します。
誌面のパズルを全部解くわけではないです。
もちろん苦手なパズルもあるので、その時は手をつけません。
なんとなく。
なんとな~く、解けそうな感じがした時に試してみるのです。
つまり、それまで寝かしておくんです。
解けなかったパズルに再挑戦していて、
何かがひらめいてパターンを見つけた時の
ワクワクする感じがたまらなく好きなようです。
私にとってのパズルは?
オーラソーマ®やibマッピングをしている時が、
このパズルを解く感じと似ている氣がします。
クライアントさんのお話を伺っていて、
そこにパターンを見つけた時のワクワク感は
パズルの時とよく似ています。
ただ、パズルでもよくやらかすんですが
「これだ!」とひらめいても、
その思いつき自体が間違っていたりするんです。
でも、間違っていてもいいんです。
まずは仮定しないと分からないですから。
この思いつきを裏付けるものを一つ一つ集めていって
確信に変える作業が実は一番好きなのかもしれません。
それは、クライアントさんの中に散らばって埋もれている
光る宝物を2人で拾い集めるような感覚です。
その人が持つ、隠れている本質の部分を、
暗号を解読するように読み解いていくことが楽しいのだと思います。
もちろん、クライアントさんが望んでいることが一番重要です。
勝手に読み解くことはありませんし、
勝手にやったとしても半分も一致しないでしょう。
クライアントさんにしかわからない部分が多いからこそ、
私は「あなたはどう感じるのですか?」と質問するのですから。
さいごに
自分のパズルは自分で読み解く。
私ができるのは、その解読するパターンを見つけるためのサポートです。
ひどくストイックになる必要はないかもしれませんが、
こんな面白いパズル、とても多様な可能性を提供してくれるパズルを
他人任せにして解いてもらうなんてもったいない!
パズルを解くことで新しい面が見えてくると、世界が広がる氣がします。
その瞬間を自分で感じることが楽しいんでしょうね。