世の中にはいろいろな情報があふれています。
あふれる情報の波に呑み込まれてしまうと
相反する内容を持つ情報に翻弄されてしまうことになります。
一体、どれを信じればいいの?
何が正しいの?というように
私たちは「ただ一つの正しさ」を求めてしまいがちです。
最近、私が体験から考えていることを書こうと思います。
実は「どちらも正しい」って知ってた?
あるメルマガを読んでいて感じたことなんですが
例えば、
「頑張らなくていいんだよ」という言い方もあれば
「今頑張らなくてどうする」という言い方もあります。
他にも
「自分の思うように生きなさい」というのもあれば
「他人に迷惑をかけない生き方をしなさい」というのもあります。
これは私も常に迷いやすいのです。
「どっちなのよ!?」 って。
同じように感じる人も多いんじゃないでしょうか。
この類の情報は、だいたい経験談から来るものが多いようで、
そしてそれは、実はどちらも正しいんです。
なんで?と思う方もいますよね。
それは、見ているもの、立っている位置が違うので
相反することを言っているように思うだけなんです。
その情報が必要な人、必要でない人
オーラソーマのセッションをしていると
それがよくわかります。
例えば、
クライアントさんがおろおろしてしまって焦っているのか、
手当たり次第にあれもこれもと手を出してしまう場合に
「焦らないで、あなた一人が頑張らなくていいんだよ」
と言います。
ですが、
「何かを始めたい、手に入れたい」と思っているのに
それに関する情報を集めたり、実際にやってみたりをしないで
「誰かがくれないかな〜」という人に対しては
「自分で頑張ってみるっていうのも必要でしょ?」
と言います。
自分の現在地と進みたい目的地に合った情報が必要になるわけです。
目的地だけわかっていても、
あなたの現在地が、目的地に対してどこにあるのかによって
必要な情報が違うのはイメージできるでしょうか。
目的地の北にいるのか、南にいるのかで
進む方向はまったく反対になりますね、それと同じです。
岡目八目(おかめはちもく)という言葉が表すように
当事者よりも第三者の方が冷静に物事をみて
情勢や利害得失などを正しく判断できる場合がよくあるので
そういう状況なんでしょうね。
状況や段階が変わると同じ言葉で受け取り方も変わる
また、同じ言葉を聞いたとしても
その立場やその人の心の持ちようで受け取り方も変わります。
例えば、「歩きながら考えよう」という言葉を聞いたとします。
ある人は
「歩いているときに考えればいいんだな、時短になるね」
と思うかもしれません。
またある人は
「歩きながら考えると注意散漫になって危ないじゃないか!けしからん!」
と思うかもしれません。
またまたある人は
「そうか、いろいろとやって試しながら考えればいいってことだな、人生も同じだな」
と思うかもしれません。
もっとあるでしょうけど、
同じ言葉を聞いても、これだけ捉え方は変わります。
これは、何が正しくて何が正しくないか、ということではありません。
自分がどういう状況で言葉を受け取っているのか、なんです。
友人と話しているときにも同じようなこと起こっていませんかね?
そんなつもりで話していないのに
まったく違う意味で受け取られてしまって氣まずくなったり…
逆に自分が誤解して受け取ってしまったり…
自分の状況や、相手の状況などで簡単に変わってしまうものです。
そのことを知っているだけでも
余計な行き違いが起こりにくくなります。
自分を見つめるって、こういうことも含むと思っています。
今の自分がどういう受け取り方をしているのか、
どんな状況にいるのか。
それらをシェアするのに
オーラソーマコンサルテーションを選んでいただけるといいな
と思っています。
言葉は伝わっているようで
伝わってないものですね。
同じ言葉を同じ人にかけても
お互いの心理状態やタイミングによってもまったく変わってきたりしますね。
自分主体ではなく
相手を理解し、言葉をかけることが大事でしょうね。
まずは聴くことからかな。